2012年01月28日
「ソフトめん」と「すいとん」と……“全国給食週間”に想いを馳せて
買い物籠をぶら下げて、店内を回っていると、思わぬ食材が目に入りました。
それは、「給食大好き!『ソフトめん』」と「すいとん」です。
懐かしさが込み上げて、予定した買い物とともに、「ソフトめん」と「すいとん」の両方を買って帰りました。
「ソフトめん」と「すいとん」……まだ教職に在った時、給食メニューの中で忘れることが出来ない食材です。
私が大好きだった「ソフトめん」は、毎週火曜日の献立メニューでした。
私は火曜日の給食が待ち遠しくて、校長室で給食を食べるようになってからは、「ソフトめん」を2つお願いして食べていました。……「おー!満腹だ!! 満足、満足!!」
「すいとん」は、毎年1月下旬(今ごろだったかな?)の全国給食週間の中での定番メニューでした。
思い出が込み上げてきて、「給食の綴りがあったはずだ!」と書斎で給食綴りを探していると、「ありました!」……懐かしさが込み上げて、早速、綴りを紐解いてみました。
その綴りの中に、“すいとん”に関わって、栄養士・Eさんが「お昼の校内放送」で放送した時の原稿が出てきました。
皆さん!こんにちは!栄養士のEです。
今日の献立は、ごはん・牛乳・すいとん・ニシンの甘露煮、磯香あえ・果物にはミカンがつきます。それでは、今日は“すいとん”についてお話します。
戦争中から戦後にかけての日本は、食糧難と呼ばれる食べ物が少ない時代がありました。
主食になる米が無いので、小麦粉を水にといて汁の中に入れ、ボソボソしたお団子を食べ、お腹を満足させていたのです。
ですから、当時の“すいとん”は、今日のような、具だくさんの物ではありませんでした。
昔の“すいとん”を食べた人は、今日のような“すいとん”を食べたら、「とても贅沢だ!」と、びっくりしてしまうことでしょう。
“すいとん”のお団子自体、皆さんの口に合うようにムチムチして、おいしいものになっています。それに、鰹や鶏肉のダシが、大根・人参・ネギ・ごぼう・里芋の味を引き立てています。
是非、味わって食べて下さい。
今日、お家に帰ったら、お家の方に、“すいとん”を知っているか聞いてみてください。
おとうさん・おかあさん、……もしかしたら、おじいさん・おばあさんも、とても懐かしがって話してくれるかもしれません。
機会があったら、お家でも作ってもらうといいと思います。
明治22年に山形県で始まった学校給食ですが、それは、貧しくて、お弁当を持ってこられない子どもたちのための粗末なものでした。
調理場では、今日のような雪の日も、暑い夏も、皆さんのために、おいしくて栄養のある給食を作っていきます。
ですから、皆さんも食べる物に困らない時代に生れたことに感謝して、食べ物を大切にする気持ちを持ち続けて下さい。
いつも、素敵な声で優しく子どもたちに話しかけていた栄養士・Eさん、……その姿を思い出しながら、私は買ってきた食材“すいとん”を調理して、98歳になったばかりの母と一緒にいただきました。
大雪警報が出ていた雪も一段落、西の空に青空も見えて、何かホッとする週末でした。
雪の晴れ間の眩しさは 誰かの笑顔に似ています。
雪の晴れ間の眩しさは 恋する気分に似ています。
雪の晴れ間の眩しさは
厳しい冬を越えていく、強く優しい「命」の輝き
身体と心に、ふつふつ、勇気を与えてくれます。
2012年01月26日
「ここを去るのも遠からじ」……母・98歳の誕生日
母とKさんは、誕生日が同じく、これまで、母がずっとKさん宅へお呼ばれしてご馳走になっていたのです。
しかし、いよいよ母は高齢になって、寝たきりの状態では、Kさん宅へ行くのも大変です。
そこで、今年はKさん夫婦から我が家へ来ていただいて、二人の誕生日を祝うことにしました。
母は98歳、Kさんは84歳、それにKさんの奥様、そして、昨年末に奥様を亡くされたばかりのSさん、そして、私の5人で“誕生を祝う会”は盛り上りました。
ご馳走作りは私の役目で、終日、その準備に追われました。
バースディケーキ(「お誕生日おめでとう『タケ&K』」)の購入、ご馳走の食材の買い出し、下ごしらえ、テーブルや食器の選定、……等々、朝から準備に追われました。
ご馳走は、「寄せ鍋」をメーンに、ポタージュスープ・お刺身、浅漬けの素で漬け込んだカブ・キュウリなどの漬物、アイスクリーム、……等々、とりわけ、今日初めて作る「ポタージュスープ」は、先日購入したばかりの“ゼロ活力なべ”で作ることにしました。
そして、食材を買いにHスーパーへ出掛けました。
店内を回って、予定した食材はほとんど在ったのですが、一つだけ見当たらないものがありました。
寄せ鍋に入れる「くずきり」です。
レジの人(アルバイト)に聞いてみました。
「『くずきり』を探しましたが見当たりません。どこにありますか?」
すると、レジの人(アルバイト)は、「探して見当たらないなら、ないんでしょ!」
私は唖然として、「え〜!……やはり『くずきり』は無いんですね!」と、レジのアルバイトに、再度、言葉がけをしてみました。
その時、隣りのレジの人が割って入ってくれました。そして、「くずきり」のある場所に案内をしてくれました。
「どうぞ、『くずきり』はこちらです。ごめんなさいね!」
私に謝って下さったのは、レジのベテランでした。
ベテラン・レジのお陰で、私が予定した食材はすべて揃い、帰宅して下ごしらえをし調理に入りました。
そして、18:00 、Kさんご夫妻とSさんを迎えました。
久しぶりに、母もベットを下りて席につき、食事会が始まりました。
私の手料理を食べながら、話弾んで、笑顔が膨らみました。
98歳!万歳!!……大正・昭和・平成と生き抜いてきて、今、母は何を想うのか?
ベット脇には、「ここを去るのも遠からじ」と、母が自筆で書いた書が貼ってあります。
話弾んだ「誕生を祝う会」を終えて、客人を送りだすと、外は雪でした。
ヒタヒタと積もる雪です。
そして、今夜も“大雪警報”が発令されました。
雪は音もなく降るのが常ですが、……今夜の雪は、私の心を惑わすようなざわめきとともに降り続いています。明日の朝が心配です。
2012年01月24日
“改善の兆し”というけれど、……愛犬・はな子の病状
愛犬・はな子の病状は、やや改善の兆しです。
今日もS動物病院で9:00〜15:00まで入院、点滴注射や内服薬や食事等の世話をしていただきました。
雪も一服して穏やかな一日、……朝から、久しぶりに青空が顔を覗かせ、夕刻時は星も瞬いて、気持ちも軽く笑顔で行き交う人が多い一日になりました。
15:00、はな子を迎えにいくと、主治医から「今日は餌もよく食べたし、天気もいいので、散歩に連れていって下さい。はな子ちゃんにとって、気分転換も治療の一つですよ。」との話をいただきました。
帰宅して、早速、はな子を散歩に連れ出しました。
我が家の隣りの空き地には、近所の子どもたちが作った雪だるまが残っています。
いつもの“はな子”だと、雪だるまの周りを回ったり、吠えたりするのですが、今日のはな子は、じっとしたまま動きがありません。
そのため、しばらくは“抱っこ散歩”でまちなかを歩くことにしました。
改善の兆しが見えても、依然として病気は完治することのない“はな子の病状”です。
しかも、高齢のはな子です。
散歩中のはな子を見ながら、今日もはな子のことを真剣に考えました。
いつもそうなのですが、はな子のことを考えると、……同時に、母のことが脳裏を過ぎるのです。
13歳のはな子と、97歳の母と、……いずれも高齢で、介護が必要な一人と一匹です。
明日は母の誕生日(大正3年1月25日)、母は98歳になります。
日頃お世話になっているご近所のKさんとは、誕生日が母と同じ日ということで、Kさんご夫妻を招待して、“祝いの宴”を計画しています。
ご馳走作りは私です。
さて、何を作りましょうか。はな子にも、おいしい餌を作ってやるからね。
2012年01月22日
傾聴は愛の始めなり!……“親しき友・T氏”と“愛犬・はな子”と
同期の親しき友・T氏が来訪、亡き妻のお参り方々、久しぶりに情報交換をして楽しいひとときを過ごしました。
じっくりと人の話に耳を傾け、いつも共感の心で対してくれるT氏の生き方、……それは、私の生き方に大きな影響を与え続けてきました。
これからも生涯学び続ける友・T氏であって欲しいと願っています。
取り巻く人たちのT氏に対する信頼は絶大で、……互いに現役を終えた友ですが、T氏は相変わらず“会長職や理事長職”などを任されて、忙しい日々を送っています。
傾聴は愛の始めなり! ……T氏の生き方の基本です。
今日も、T氏を迎える前に、元気のない愛犬・はな子を病院に連れて行きました。
優しいお髭の院長先生から、今日も“はな子の関わり方”を教えてくださいました。
縁あって、はな子と出会い、そして13年、……はな子とはしっかりつながっていると自負していたのですが、院長先生から診ると、はな子と私の心とつながりは、まだまだのように見えたようです。
あらためて、院長先生から、犬が喜ぶ抱っこの仕方、散歩のさせ方、餌の与え方等、はな子の気持ちを理解し、つながりを深めるための方策を一からご指導いただきました。
既に古希を終えた我が身だと云うのに、……「これでいい!」と思いこんで、はな子と接触してきた我が身が恥ずかしくなりました。
そして、自宅に帰って、親しき友・T氏を迎えました。
傾聴は愛の始めなり! ……犬を飼った経験のないT氏からは、「犬も人間も基本的に対し方は同じなんだねぇ!否、言葉を発しない犬の方が難しいのかな!」等と共感して、私の話に耳を澄ましてくれました。
ここのところ、大雪も一服、……降り積もった雪も消えて、春遠からじの感がする昨今です。
「はな子も散歩をさせて、ストレスを解消しましょう!」と、院長先生の話を受けて、今日は久しぶりに散歩に出ました。
時々は抱っこして、時々は歩かせて、……気のせいか、はな子の表情にもホッとした感じがします。
さぁ!はな子は餌を食べてくれるかな?
しばらく様子を見ていましたが、餌の匂いを嗅ぐのですが、すぐ顔を背けて食べようとしません。
5`あった体重が3.4`に減少した愛犬・はな子です。
2012年01月20日
薩摩おごじょの心意気に癒されて!……「有難う!サユミさん!!」
遠藤先生、如何お過ごしでいらっしゃいますか?
喪中のお葉書を頂き、驚いております。お辛かったですね。
私は、昨年30年ぶりに新任の地「徳之島」に行く機会があり、その時担任した子、音楽・英語を教えた子、それに吹奏楽部の子どもたち、計20名近くが集まってくれて、とても幸せな数日を過ごしました。
徳之島では、親友と呼べる友人を得て、その方の長男・長女・次女の3人共が、私を頼って鹿児島に住んで大学・専門学校に通い、そのうち2人が結婚した今でも行き来が続いております。
今回は徳之島から持ち帰った「黒糖焼酎」を少しですがお送りします。
温かな気候と暖かな心を持った人たちの作った島の味を是非お賞味くださいませ。
まだまだ寒い日が続きます。くれぐれもお身体ご自愛ください。 From Sayumi
今朝早く、鹿児島の人・サユミさんから、焼酎2本(黒糖焼酎「煌めきの島」・音響熟成「れんと」)と黒糖が届きました。
以前も、幻の焼酎といわれる「森伊蔵」を送ってくださったサユミさんです。
サユミさんとは音楽仲間で、もう何年前になるのでしょうか? 鹿児島で開催された「全日本音楽教育研究会」のレセプションでご一緒した人です。
思わぬ贈り物に、私の心は驚きと当惑の嬉しさでいっぱいになりました。
鹿児島と云えば、「焼酎と馬刺し」が有名です。
私は研究会のおり、3泊した鹿児島で、毎晩、生きのいい馬刺しを肴に『ロクヨン』に酔いしれました。
『ロクヨン』とは、グラスにお湯を6分注ぎ、次に焼酎を4分入れたものです。
私は鹿児島から帰ってからもずっと、この『ロクヨン』の虜になりました。
口当たりもよいのですが、酔い醒めの爽やかさが格別だからです。
サユミさんから送っていただいた焼酎を『ロクヨン』で舌鼓み、遠く鹿児島へ想いを馳せていると、レセプションで声を合わせて唄った「鹿児島おはら節」のメロディが蘇ってきます。
花は霧島 煙草は国分
燃えて上がるは オハラハ〜 桜島
ハッ ヨイヨイヨイヤサット
越後の冬は、これからが本番、『ロクヨン』の湯気が恋しい夜が続きます。
薩摩おごじょの心意気に触れてみたい方、どうぞ、遠藤PCへお出かけ下さい。
2012年01月19日
侘しさや 主亡き琴の 冬座敷 ……Kさんと半世紀ぶりの再会
亡き妻のお参りに来訪下さったKさんが詠んでくださった句です。
我が家の床の間には、妻が爪弾いていたお琴が立てかけてあります。
それをじっと見つめていたKさんでしたが、「お琴を演奏する奥様の姿が彷彿としてきて、胸がじーんとしてきました。」と詠んだ句に込めた心を語って下さいました。
半世紀ぶりにお会いした看護師のKさんは、昔の面影をそのままに、一気に昔に返って思い出話に花が咲きました。
Kさんは、昨年、ご主人を癌で亡くされたそうです。
ご主人への想いを切々と語りながら、……それは、私の亡き妻への想いを癒してくれるものでもありました。
亡き妻が結び付けてくれたKさんとの再会でした。
Kさんをお送りして、お会い出来てよかったという想いが膨らんでいます。
帰宅したKさんから、次のようなメールが届きました。
ベテラン主婦も顔負けの寄せ鍋のおいしさに感激しました。わかめのお味噌汁も心がこもり、主人を思い出しました。「何事にも前向きに心を込めて取り組む先生なんだな!」と思い感激しました。この調子だとレシビがドンドン増えて、お料理も楽しくなって、天国の奥様がビックリされるのではないかと思います。
はな子ちゃんが早く元気になるといいですね。
Kさんも褒め上手、褒められて、私も料理することが益々楽しくなっています。
これまでは、独りになると外食をしていたのですが、今は外食の回数も減って、自分で料理して食べることが多くなりました。
食べることは生きる根幹です。半世紀ぶりにお会いしたKさんに褒められて、私の心は「やれば出来る男の料理」の探求心で燃えています。
2012年01月18日
半世紀ぶりの再会……看護師・Kさんと
私が教職についてまもなくの頃、盲腸炎を罹って入院したことがあります。
毎年、豪雪に覆われる僻地2級地・南魚沼市の後山、……それは、豪雪さなかの出来事でした。
カンジキを履いた地域の人たちが交代しながら、担架に乗せられた私を病院へ運んでくださいました。
歩いて4時間の道のり、……当時は歩くしか方策はなかったのです。
私は腹部の痛さに耐えながら、地域の人たちに対する申し訳なさと感謝の念が交差して、担架の上でもがいていました。
地域の皆さんのお陰で、手術も無事終わったのですが、当時のことは私の心の中に鮮明に焼き付いています。
その時、病院で大変お世話になった看護師・Kさん、……Kさんとは、その後、賀状交換だけは続いていたのですが、お会いすることはなかったのです。
それが、この度、半世紀ぶりに再会することになったのです。
亡き妻にお参り方々、明日、我が家へ来訪されます。
半世紀ぶりにお会いするKさんですが、話弾むひとときになりそうで、楽しみなKさんとの再会です。
2012年01月17日
「褒めてやらねば!」……はな子よ!もっと、食べようね!!
愛犬・はな子は、昨夜も、病院から帰ってから今朝まで、何も食べていないのです。
体重も次第に減少しています。
病院では、今日も院長先生じきじきの診察でした。
夕方5時、はな子を迎えに行くと、院長先生から今日のはな子の様子と、これからのはな子の治療について説明して下さいました。
今日は、はな子ちゃんは食べましたよ!「食欲増進剤」を注射したので、家でも食べると思います。
両手や身体を優しく撫でてあげて、褒めてあげて、そして、食べ物を与えて下さい。きっと食べますから!
「褒めてやらねば!」……私も褒めることを常に心して、はな子と育ちあいをしてきたつもりなのですが、院長先生からみたら、まだまだ「褒めること!」が足りなかったようです。
帰宅してから、早速、はな子の大好きな肉を煮て、はな子に与えてみました。
「さぁ!食べるかな?」……期待と不安が交差する中で、はな子の様子を見つめました。
「食べた!食べた!!」……おいしそうに食べるはな子を見るのは久しぶりです。
私は院長先生からご指導いただいた“褒める指導”を思い出して、少しオーバーに“はな子”を褒めてあげました。
褒められて、“はな子”はお皿の肉をすべて平らげて満足そうでした。
明日の朝も食べてくれますように!
院長先生と“はな子”が教えてくれた「褒めることの大切さ」、……あらためて、忘れかけていた生きる指針が確かになって嬉しく思っています。
因みに、「やってみせ、いって聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ」……山本五十六の言葉です。
2012年01月16日
「エリザベスカラー」がお似合い!……愛犬・はな子の快癒を祈る
午前9時から午後5時まで、点滴を受けたのですが、相変わらず食欲はなく、何も食べようとしません。
点滴を終えて帰宅したのですが、体重は3.6`、……体重減少が続いています。
今日は院長先生が診察してくださったのですが、はな子の今の状況やこれからの治療の方策を詳しく聞かせて下さいました。
「は・な・子・ちゃ〜ん!頑張ろうね!!」
ニコニコしながら、笑顔ではな子に問い掛けてくださる院長先生の声は、なんとも優しさで満ち溢れています。
「治療は長期にわたると思いますが、頑張りましょう!!」
私に対しても、いかにも優しい声で、はな子と心を一つにして治療に当たることを諭して下さるのです。
院長先生の話では、はな子の点滴はしばらく続くようです。
そのために、はな子は今後もメガホンのようなものをつけっぱなしです。
昨日は、「はな子は“メガホン”のようなものをつけて、……。」と、書いたのですが、今日は“メガホン”の正しい呼び名がわかりました。
それは、「エリザベスカラー」……“メガホン”なんて云ってごめんなさい。
「エリザベスカラー」をつけた“はな子”が入院している間、私は自宅に帰って下屋の雪下ろしをしました。
雪下ろしが終わる頃、青空も顔を覗かせて、雪は一段落の気配が漂い始めました。
雪も一服、はな子の快癒を祈っています。






