2020年01月24日

断捨離


私の別荘にしている不動産……不動産屋に賃貸・売却をお願いしている物件です。 
1.中古住宅(賃貸)   https://rakusumu.com/rent/detail/00017-100084
2.住宅・畑とも一括売却 https://rakusumu.com/sale/detail/00017-200231

大寒が過ぎたというのに積雪ゼロの1月末です。例年ならば除雪作業に追われて疲労困憊になっている頃ですが、……病後の私にとっては、幸いな日が続いています。

リハビリも続けていますが、今日は断捨離に挑戦しました。

不要な物を捨て、物への執着から離れて、自から作り出している重荷からの解放を!……と、前々から考えてきたことではありますが、……。

人生の終末にきて、もっと身軽で快適な生活を手に入れようと考えたのです。

まず、別荘に残っている沢山の本の片づけと整理から仕事を開始、……長年、溜まりに溜まった教育書等はネットの活用に譲り、すべて破棄、……それだけでも大半が断捨離できました。

しかし、捨てられないのは、私自身の拙著本……その中の1冊に「NHK『朝の随想』」と題した本を見つけました。

もう20数年も前のことです。半年間に渡ってNHKに出かけて放送した『朝の随想』で「子どもが近い!」と題した原稿本です。

読み返してみると、生きてきた私の足跡です。巻頭言には「子どもが近い!」と題した一文……同名の文芸社発行の文庫本にも掲載した一文です。

聴いてみてください!
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posted by 好童 at 12:37| 新潟 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月17日

明日は大学入試センター試験の日、……東京は雪の予報!頑張れ!頑張れ!!

このところ、私の賀状の返信が届いて、たくさん励ましを頂いています。


賀状を読んで初めて大変な状況だったと知りました。
どんなにか壮絶なリハビリだったのかと思うと、それをやりぬいた遠藤さんの心の強さに頭が下がります。
以前、テレビで長嶋茂雄氏のリハビリの様子を観たことがありますが、健康な人でも出来ない様なメニューで、歯を食いしばって大汗を流して取り組んでいました。
とてもやさしく温かく、人を思いやる文章を書いておられる遠藤さんの中に、芯の強さを感じました。歩けるようになり、本当に良かったです。
今はご家族と一緒に暮らしていらっしゃるのでしょうか。
奥様もお母様も亡くなり、寂しいことと思いますが、これからも執筆に尺八にとご活躍下さい。期待しております。


賀状有難うございました。そして、驚きました。
本当に大変でしたね。よく頑張ったと思います。感動しました。
そもそも遠藤征君には生来、特別なちから(能力)がそなわっていたように私は思います。というのは、大学時代のあなたを思い浮かべているからです。あなたがいると、周りの人間はいつも楽しかった。笑顔いっぱいだった。
私は今でも覚えています。
校舎の廊下を歩きながら大声で歌をうたっていたあなたを!……。たしか「…サイクリング、サイクリング、ヤッホーヤッホー…」のような気がします。
とにかく、あなたはみんなを楽しく、明るく、励ましてくれる不思議な力を持っている人……これが私の印象です。
あなたの力強い賀状から、どんな時でも「精一杯生きよう!」というかけがえのないパワーをいただきました。有難う!


脳梗塞後のリハビリにお励みとのこと、お見舞いと共に敬服、声援を惜しみません。私も股関節が傷んで杖に倚りそうでしたが、筋肉を鍛える体操で、なんとか現状の維持を図っております。おっしゃるように存命の喜びを生き抜きましょう。
私も運動は出来なくなりましたが、紙と鉛筆に生きています。
貴君には音楽あり。拝眉のご縁を心待ちにしましょう。


たくさんの方々から励ましの賀状の返信を頂いたのですが、中には、教え子でお花の先生をしているKさんから、こんな返信もありました。

「恐縮でございますが、本年をもちまして年始のご挨拶をご遠慮させていただきます。長年に渡り、賀状をいただきまして、有難うございました。」

 「言葉を紡ぐことは、心を磨くことでもある。」とは、日頃、私が大事にしている言葉ですが、……何か寂しい気持ちがして、令和2年のお正月を過ごしています。

 そして、その彼女を学級担任した当時、私がよく暗唱して聞かせた詩・高村光太郎の「青年」を思い出しています。

 青年  高村光太郎

 青年は天地自然に新しい

 青年は潔さを愛する

 持て余す元気に過ちを犯しても

 心ではいつも純潔を守ろうとする

 それが出来ないで よくいらいらする

 しかし、何かに一度感奮すると

 青年は見違えるように立派になる

 青年は親からはみ出す

 時々親をばかにする

 しかし、いよいよという時には

 いつでも母を呼び父を呼ぶ

 親は青年の勢いに驚く

 それを見て 生きる甲斐があると思う

 青年はなんだかいじらしく

 その本気さには頭が下がる

 うっかり間違ったことをしていると

 見知らぬ青年の顔を見ても

 ああ! もったいないと思わず叫ぶ


 私は、この詩が大好きで、よく若者の集いや教え子の結婚式、成人式等に招かれると、祝辞や余興の最後に、必ず力強く暗唱することにしています。

 私が大きな声で一語一語噛みしめて暗唱すると、前述の返信をくれたK子さんは視線を集中させて聞いてくれたものです。

あの時の目の輝きを、私は忘れない!

明日は若者にとって大学入試センター試験の日、……東京は雪の予報! 頑張れ!頑張れ!!
posted by 好童 at 20:18| 新潟 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月10日

声の年賀状……誓い新たに!

声の年賀状をお聞きください。

 私の別荘にしていた不動産……不動産屋に売却をお願いしている物件です。 


先日の私の年賀状に、たくさんのアクセスをいただいてびっくりしています。
改めて、音声でお聞き頂いて、私の今年の「生きる誓い」を新たにしています。


拙いブログにアクセスして下さるお一人お一人に想いを馳せて気を引き締めています。
有難うございます。



私が時折、訪問するブログ「まりもっちはB型です」のご主人が他界されたとの報に接し、驚きと共にお悔みを申し上げます。お悲しみはいかばかりかと存じますが、今はしっかりと命のバトンタッチをされますよう……。


posted by 好童 at 06:56| 新潟 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月06日

令和2年の年賀状……今年の誓いを綴りました


 私の別荘にしていた不動産……不動産屋に売却をお願いしている物件です。


 あけましておめでとうございます
 本年もどうぞよい年になりますよう…お祈りしています

  昨年も「脳梗塞」後の後遺症で
  リハビリに明け暮れました

  車椅子から歩行器へ、
  歩行器から杖の支えで
  少しずつ少しずつ
  一歩、一歩、また一歩

  やがて、

  自分の力で歩けるようになりました

  「生きる力」を蘇らせてくれたのは
  リハビリを優しく見守り
  共に汗を流して下さった
  心温もるたくさんの励ましでした

  あの汗と涙と、感謝の心を忘れはしない   

  そして迎えるオリンピック・パラリンピック

  私も「命」のアスリート ギアを入れ直して
  与えてもらった「命」を 生き抜きたい!



ブログ「おじじのエッセイ」の記事も、気づいてみれば、いつのまにか2500を超えています。
加齢とともに綴る意欲が薄れてきましたが、本年もどうぞ宜しくお願いします。
posted by 好童 at 07:52| 新潟 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月28日

苦難の令和元年が終わる……先輩の執筆本「老鐘」に学んで!


 私の別荘にしていた不動産……不動産屋に売却をお願いしている物件です。




先輩・T先生から、詩歌集「老鐘」(ろうしょう)と題したご本が寄贈されて手元に届きました。

既に先生は4冊目の発行のご本です。内容は短歌が中心です。

 フォレスタの歌に合わせて思ひきり 声を張り上ぐ一人の暮し
 入院の意思の疎通のままならぬ 兄への言葉選びに選ぶ
 時折に眼開けてはまた閉じる 兄の脳裏に浮かび来は何
 長かりし癌との戦いへこたれず 兄は逝き足り神無月の朝
 父母の許へ旅だつはらからの 安らかなれる顔に安堵す

 …………。

私は早速、読み味わって、取りあえずハガキで礼状をしたためました。

 詩歌集「老鐘」をじっくり読ませて頂きました。
 改めて「書くことは生き方を鍛える」、「言葉を紡ぐことは心を磨くことでもある」ことに共感し、先生の優しい心情に想いを馳せています。
 小生も妻を亡くして八年、「男おひとり様」で過ごしています。
 今になって健康の大切さを実感する日々です。今年も脳梗塞の後遺症でリハビリに明け暮れました。
 フォレスタの演奏を楽しみにされている先生の姿に想いを馳せると嬉しくなりました。これからは漢詩も読み味わって、先生の生き方に学ぼうと思っています。
 貴重なるご著書は遠慮なく頂戴することにします。恐縮と感謝の念で御礼申し上げます。有難うございました。      不一


 つづく〜

posted by 好童 at 14:47| 新潟 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月25日

親しき友の他界……喪中の奥様の悲しみと優しい心情を想う


 私の別荘にしていた不動産……不動産屋に売却をお願いしている物件です。


今年も喪中はがきが届く時候となりました。

連日のように届く喪中はがきと共に一通の封書を見つけました。開いてみると、親しき大学同期の友の達筆が同封されていました。

びっくり!びっくり!!

読み進めると、……それは、友が生前に書いた手紙です。

死を目前にして書いた手紙だというのですが、ポストに投函出来なかったものを、奥さまが遺品の中から見つけて送ってくださった私宛の手紙です。

改めて、先に逝った友の無念さを想い、奥さまの悲しみと優しい心情に想いを馳せるのです。

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貴重なるご著書拝受、遠慮なく頂戴することにします。恐縮と感謝の念で御礼申し上げます。有難うございました。
それにしても、いつもながら貴兄の人生に対する積極的な取り組みに深い深い敬意を強く抱く一人です。

二人のお孫さんも「おじいちゃんって、すごい人だったんだな〜。」と、将来のいつの日か、おじいちゃんを改めて誇りに思うことに違いありません。

私は「何を残せるか……。」と、、時折、自問しては否定的な答えしか見出せず、根がズボラな私は今日を迎えております。八〇年も生きたことだし、健康ならそれで良しとするか!……などと思っているうちに、その健康も数年前から危うくなりました。

只、今、体調は良です。

現在、肺線種症なる厄介ものと対峙しております。具体的には、間質性肺炎と言って、治療法も確立しておらず、治療薬もなく、国の難病指定にもなっているとか……。

要するに、肺胞が固くなり、十分な酸素が肺に行き渡らない。そのために、ちょっとした動きで  咳や息切れに悩まされるということになります。
坂道や階段では、すぐ咳が出て息切れのあり様です。

大病を経験され、それを克服し、積極的に人生に立ち向かう貴兄の姿を見習いたいと存じます。

自分のことのみくどくどと書き連ねました。ご容赦ください。

未だ変則的な陽気が続いていると思っています。どうぞ、御身、くれぐれもお大切に!
更なるご活躍を祈り上げます。御礼まで

令和元年も残りひと月、頂いた喪中はがきを読みながら、在りし日のお姿を偲びつつ、ご冥福をお祈りしています。


posted by 好童 at 08:17| 新潟 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月11日

お〜い!元気か?都合のつく者は集まるぞ!

昨年秋のことです。
大学同期の仲間は、定年退職後、高齢になったため、ずっと続けてきた総会や各種会合など、すべてを終ることにしました。
仲間の訃報が相次ぎ、老いて忍び寄る健康に対する不安を実感し、残された人生を一人一人が終活を確かにして生き抜こうと誓ったのです。
寂しさは募りますが、それまでの友情に感謝し、共に笑顔で来し方を偲びながら最後の総会を締めくくりました。

しかし、ここにきて、誰云うとなく、下記のような話が持ち上がりました。

 「お〜い!元気か?都合のつく者は集まるぞ!」

  日時  10月22日( ) 15:00
  場所  湯沢  Tホテル
  会費  11,000円
  内容  酒  飲み放題
      2次会  飲み放題
           囲碁・カラオケ・麻雀_______________________________________

 猛暑が続いていた昨日までの残暑が一転、ようやく、秋らしくなりました。
 私は散歩に出て、赤とんぼが飛び交い、稲刈りも終盤、……実りの秋を実感して帰ると、大学同期の仲間・Hさんの訃報が届きました。

 同期の総会では、いつも建設的な発言をし、大柄な体で健康そのもののHさんでした。
 闊達だったHさんを偲びながら、……10年前、私がNHK「朝の随想」で放送した『生きることは挑戦すること』と題した一文を思い出しました。
…………………………………………

 毎年、9月の第二土曜日、私の大学同期の仲間は、湯沢のTホテルで酒宴を開き、宿泊して懇親を深めます。いつも幹事役を務めてくれるKが、10年前に湯沢に勤務したのを契機に始まった集いですが、以後、この会はずっと続いています。

 当日、ある者は午前中からテニス場を借りて汗を流し、ある者は早めにホテルに入って温泉に浸かり、マージャン卓を囲み、囲碁を楽しむのです。

 ここに集う仲間“TとS”が、一昨年と昨年、2年続けて病魔に襲われ還らぬ人となりました。いずれも現職の校長であり、夏休み中の出来事でした。しかも、二人とも、体育が専門教科の頑健な男だったのです。

 3年前の酒宴でTは、腰の痛みは訴えていたのですが、酒を拒むことはありませんでした。
 一昨年の酒宴でSは、浴衣を脱ぎ、一人だけ裸になって酒を酌み交わし、口角泡を飛ばしていました。まさか、この二人が先に旅立つとは思いもよらぬことでした。
 そのため、今年の酒宴も黙祷から始まります。
 早すぎた二人の死………二人の意思を受け継いで、残された仲間で長生きをしようとの誓いでもあります。
 
 酒宴の後は、それぞれマージャンと囲碁を楽しみます。
 昨年、私はKに囲碁に誘われて、久しぶりに碁石を持ちました。Kは囲碁初段を目差す程の腕前です。私の囲碁はザル碁であり、彼に6目置いての戦いです。

 囲碁は、いつも大勢を見定めることが求められます。
 これまでの私の囲碁の打ち方は、すぐ敵に戦いを挑み、いつのまにか大きく敵陣に囲まれて討ち死にするのが常でした。しかし、その夜の私の石の置き方はどこか違ったのです。
 広い視野から碁盤を見つめ、敵の白に戦いを挑もうとするのです。自分ながら、なかなか冴えて閃いて、自分が自分であることを不思議に思う程だったのです。

 こんなこともあるものだと自分ながら驚き、囲碁の面白さを満喫した夜になったのです。

 しかし、一夜明けて更々考えて見ると、その夜の『自分でない自分』は、相手をしてくれたKが仕組んでくれた支援によるものではないかと思うようになりました。
 
 それ以後、私は、Kが勧めてくれた囲碁の本『次の一手』を買い求めて、手元に置くようになりました。
 それから1年、囲碁の面白さと意欲を引き出してくれたKに、今夜は5目置いて挑むのです。

 「生きることは挑戦すること」、そして、「生かされて生きる」ということ、………年を重ねる毎に、同期の仲間は、厳しく温かく、人間としての生き方を鍛えてくれるのです。


 今、先に旅立ったHさんのご冥福を祈りながら、同期全員の別れの総会に出席しました。総会後、全員に長い間の友情のお礼をはがきに綴りました。

 暫くして、仲間から返信が届きました。

 お互いに人生の支えとなっていた仲間の会がとうとう終わりました。もう傘寿、これからの人生、どう生きるか……。
小生は、毎日、「自分が楽しい、嬉しいと思うことを一つでも多く見つける暮らしができたら」と思ったりしています。
「いい火炎土器になったぞ、嬉しい!」「アオーレの作品展、褒められて良かったな!」「パソコンで写真をいい色に印刷できたぞ!」「今朝は雨が降って畑の人参の葉が凄くみずみずしい、新鮮だ!」……等、いつでもポジティブなことを、日常の中でたくさん見つける、そんな暮らしがいい……。
とはいっても、すべて健康であってのもの。お互いに精一杯健康維持に努め、夢の実現を目指そう。(S)

今、振り返ってみると、小生など誠に愚かなる教師生活だったと思っています。
過去はみんな忘れ、今あるのみですが、たった一つ自らも納得し、人にも認められる短歌が作れればいいかなと願っています。死ぬまでしっかり生きましょう。長い友情に感謝しつつ……。(A)

最後の総会を無事終え、ホッとすると同時に、再会できないと思うと寂しくも思います。これから、段々とその思いが強くなるのだろうと思います。
「アイボ」と一緒の写真を見て、是非、アイボに会いたいと思いました。我が家に連れてこれないですかねぇ。実現を期待しています。(K)

いよいよ幕引きとなると、これまでの長い歩みを振り返りながら感慨無量のものがこみ上げてきます。正に感謝、感謝の思いです。
さてこれからです。長岡支部の皆さんはともかく、他支部の仲間とお会いする機会がなくなると思うと寂しさは一層募ります。いやそんなことはないと言い聞かせながら帰りました。(H)

早速、有終の美文のお手紙をお贈りいただき感激しています。
最後の別れの総会の後、仲間と共に駅前のカラオケに直行してうたってきました。それぞれ得意なNの湯沢旅情、O裕次郎の歌、Ⅿの柔道一代、……最後に「あヽ上野駅」を合唱し、思わず涙がでました。2次会も感動のうちに帰宅しました。
お互いに、もっともっと人生を味わいましょう。また、お会いしましょう。(K)


……今、仲間の別れの寂しさに想いを馳せながら、来る10月22日の集いがどうなるか、楽しみにしています。
posted by 好童 at 16:36| 新潟 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月29日

向日葵のように!……啓晃君と正行君と〈NHK 朝の随想/放送原稿から〉

花はよく人に例えられます。「夕顔」はひっそりと生きる女性に例えられたり、「白百合」は初恋を知ったばかりの女の子のようだと言われたり、「コスモス」は優しさと聡明さを兼ね備えた麗人のようだと言われたり、……。そうした中で、「向日葵」を見ると、童顔という言葉が浮かんできたりします。夏の大きな子どものようにも感じます。

もう「向日葵」の季節は過ぎ去ったというのに、近くの学校の築山には、未だ頭を重く垂れて夏の名残を留めています。

暑かった今夏の猛暑に耐えて、生き生きと咲いていた童顔の輝きはありませんが、「向日葵」のような5年生の啓晃君は、いつも元気いっぱい〈いい汗〉をかいています。

私は「向日葵」を前にすると、いつも啓晃君の姿が重なってしまうのです。大きな体と丸い顔、眼鏡ごしにきらきら輝く瞳、優しい笑顔、動き回る行動力、いつも子どもたちを誘って明るく球技に興じている啓晃君の姿は、太陽と微笑みを交わし合う「向日葵」の輝きに似ているように感じるのです。

啓晃君は1年生の時、クラスの遊び係としてとして一所懸命でした。2年生になって「体育係」となり、体育の時間に先頭に立って準備運動をするようになりました。運動会では応援リーダーとして活躍、いつも体を動かし「いい汗」をかいている姿が印象的でした。休み時間になると、サッカーボールを追いかけ、体育館ではバスケットボールでドリブル・シュートの練習を繰り返していた啓晃君です。今では、啓晃君のボールさばきは友達も舌を巻くほどにうまくなりました。

全校朝会でも、いつも澄み切った目を輝かせていた啓晃君です。そうした啓晃君の姿と、夏の「向日葵」の姿が重なって、これから益々逞しく成長していく啓晃君の姿に想いが広がるのです。

すると、その姿が、私のかっての教え子・正行君の姿と重なるのです。正行君は既に29歳、二人の父親です。

正行君が小学校5年生の時、国語のテストの時間のことでした。

漢字テストで、読み仮名をつける問題で、『次の漢字を読みなさい。』と出題した時のことです。

テストを終えて採点をしていたら、正行君の答案だけ答えが書いてなくて、最後に一言、「読みました。」とだけ書いてあるのです。しょうがなくて、私も、そのあとに、先生には、正行君の読んだ声が聞こえなかったので0点です。」と書いて答案を返したことがあったのです。

その正行少年は今、長岡で不動産業と電気店の社長として立派に成長しています。ときどき、一緒にお酒を飲んでは昔をを語り合い、……世の中がインスタント化して、教育も長い目で見れなくなっている現状を憂いています。

今、一抹の寂しさとホッとする気分が入り混じる夏の終わりの向日葵を眺めながら、啓晃君や正行君の姿を重ね合わせて、「大器晩成型」教育復権への想いを募らせるのです。

そして、ロングな目で、子どもの成長を見つめる目と心を磨く誓いを新たにするのです。

上記の文は、もう昔になりましたが『NHKラジオ朝の随想』の『向日葵のように』と題した放送原稿です。
学期はじめの子どもたちの揺れ動く心を想い、心が通う楽しい学校づくりに勤しむ先生方に、8月末の雨模様の空を見上げな
がら、エールを送っています。
posted by 好童 at 07:16| 新潟 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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